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引用 Archive
クライアントとのコミュニケーションて何かというと
もっとクライアントとのコミュケーションを大事にしてください。
そのコストを嫌うことによって、別のところでコスト高を生んでいるのですよ!
Webディレクターの必須スキルはコミュニケーション力だと誰でもが云う。 いわゆる非コミュと自覚してる自分は、これ聞いただけで もーダメこの仕事向いてないぞ絶対 と思ってしまう。
でも何かが違うんだ。実際に見ていると、そんなに向いてない事もなさそうというか、すごく面白そうで、やってみたいと思わせる仕事なんだ。
そもそもコミュニケーション力て、何さ?
社内の営業部署の人とWeb屋さんとのオリエンでよくある場面。
営業部署の人間は、何を伝えて何を聞けばいいのかわからないから、散発的な発言しかしない。
Webディレさんはそれに受け身体制で相槌うってメモってる。
なんか会話が発展してなくて場の雰囲気が薄い。
たまらずWeb担当部署の自分が、双方をあれこれ質問攻めにして、ディレさんにつなぎをつくってる。
営業部署からは、具体的な機能などの目に見えるところの好みを聞く所から次第に話を広げて、やりたい事の根幹を探ってあげる。
Web屋さんからは、業界のトレンドとか実現性なんかから話を広げて、クライアントが決めなきゃいけない事ってのを営業に認識させる。
そういった、1年と数ヶ月ほどの数少ない経験から云わせていただくと、Webディレさんたちは もっと聞き上手になってほしい。
クライアントはまず、何がわからないのかすらわからないんだ。
何ができるのか、
何をしたらどんな効果が見込めるのか、
それにはいくらかかるのか、
何をしない方がいいのか、
自分が何を提供しなきゃいけないのか、わからない。
それこそ Web屋自身が自分らの必要スキル多すぎって泣き言をいうくらいだから、 クライアントはさらに雲をつかむような話に感じてる。
だから攻めの姿勢であれこれ聞いて、一生懸命ほじくりだして探り当てて、我々にも見えるようにしてくれ。
それがきっと、コミュニケーションとかいわれてる奴なんだと思う。
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ピザで言うところの
自分は、サイトを作るのは、みんなで一つのピザを作っているようなものだと思う。こいつはピザのパン部分を用意してくる。あなたはチーズを用意してきて自分は具を考える。最高のチーズを用意してきた人がいたら、それにあう最高のパンと具を選んでカバーしてあげることができたら超うまいピザができる。
逆にいえば、そういったことも考慮してピザを作れなければ、高品質なピザは絶対作れないじゃないかなということを考えたり。
先ほどのサイトからもう一カ所引用させていただいて。
ピザで言うところの、その辺のスーパーで売ってる具材をあれこれ乗っけて、とろけるチーズ乗っけて、それでもそこそこおいしそうなピザはできて。
きっと自分のボスらが求めているのはその程度のものなんだろうと… それも一つの戦略上の選択肢としてはアリなのだろうけど、単に「それ以上のもの」との味の違いがわからないが故なのだとしたら?
私が、客に提供するべきと思っているのは、客が暗に抱いている味のハーモニーを明に表現できるように、生地は小麦粉の産地から、具材のトマトの品種から、チーズは製法から、必然性があるもの(notEqual最高級)を選んで適切な手順で作り上げたもの。
だって、客層が舌が肥えてるであろう富裕層な上に、信用第一が社是だから。
客はあなたより舌が肥えてるんですボス、質で勝負しましょうよ〜
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情報構造設計と費用対効果
でも、この「構造設計」っていうのって、いっちばん重要な所だと思う。専門で設計者(Information Architecturist?)って役職を作った方がいいんじゃないかと思うぐらい。
自分もまさにそう思っていて、問題はそれをどう上層部に納得させてその分の予算を確保するかってところ。
一度でも、自分の手でサイトのデザインからコーディングまでHTML+CSSで、いかに効率的に組むかってのを目指した人なら、少なくとも制作側からの観点での情報設計の重要さってのは身に沁みるだろうな。
だから、一昔前ならWebデザイナーと呼ばれてた人たちがディレクターやデザイナーやマークアップエンジニアやコーダーに分業されていったように、その中のディレクターもまた、情報設計や進行管理なんかへの分業が遅かれ早かれ進んでいくだろうと思う。大きなプロジェクト扱ってる制作現場なんか特に。 作業効率や品質の向上による費用対効果ってものを上げていくのが制作者側の使命だろうから。
しかしそれは必ずしも制作費の圧縮に直結するわけじゃない。
対して、発注者が気にかけるべきは、利用者側の観点からの情報構造設計の重要性であって、利用者の反響を含めた費用対効果向上が使命であり、これは引用元のような制作者側の最終目標から大きく外れたものにはならないはず。
なのに、発注側の現実は、結果がすぐには出ない構造設計の確実さは評価につながらない。で、設計段階の手間=出費を圧縮したサイトを作って安くあがって得したとかいってる。
ホームページ=パソコンで見るパンフレット の意識を引きずっているような、自社サイトは眺めてるだけで使う立場に無い発注側なんかはまだまだ、ホームページの制作というものがフォントだの色だのという…住まいで言うところの壁紙だのドアだの洗面器だののような、バーツの集合体としてばかりに目が向いていて、構造設計なんてバーツをのっけるための器づくり程度の認識しかなく、利用者の反響を向上させるための情報配置の必然性への理解が薄いんだよね。
それはすなわち、構造設計に時間と費用を配分するという発想がない事を意味していて、そんなことより見栄えのするパーツを一個でも多く盛り込んで利用者の気をひこうとする事が費用対効果の向上だと思ってることにつながってく。
かくして必然性の検討もそこそこに、発注側の担当者の「好み」レベルの意思決定に左右されたコンテンツが生み出されたあげく、本文の文体すらターゲットに則していないのに、反響が弱いのは単にボタンの見てくれとか置き場所のせいばかりとしか捉えられずに、小手先の改変をやって仕事した気になってる。ましてやそのコンテンツにたどり着くまでの遷移が不適切かどうかなんて事を肌で感じる事も出来ずに(文脈から孤立した場所に存在してても内容理解出来ちゃうからね自分らのものだから)。んでそこそこの結果で効果を上げた気になって評価される。
そんな小手先の繰り返しが費用対効果を下げてるってことに気づかないんだね。この手間と時間と費用を最初の設計段階に盛り込んどけば、もっと早く大きく効果を上げる事が出来たのに。
そんな発注側に対して、全く違う立場のエンドユーザーが残していった「それぞれの好み」の足跡の蓄積から、その最大公約数が「発注側の好み」と差があるんだという事が示せれば、客観的な必然性を持った情報構造設計の重要性に気がつくだろうか? それともそんなデータの解析も出費を渋って自前の小手先で済ませたあげく問題の根本に気づかず以下ループ?
そんな事していたら競合他社に先を越されて差を付けられていくわけで… 自社の強みって言うおいしい素材と、それを活かせるだろう料理人を目の前にして、あとはFeeの用意さえできれば……
そこまでわかってたら自前で料理せぇ? ばか云っちゃいけねぇ、わかるとできるは違うんだよっ。
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頭の中をひとに伝える
前のエントリで「語彙」という語句を使っていたのは、
語彙が少ないと仕事の能率もわるい?
を目を通してまたすごく腑に落ちたので後でちゃんと読んでトラバしようと思っていたからなのだけど、
その前の頭の中にあることを瞬間的に出せる訓練をしないとコンセプトもへったくれもない
がまた自分的ど真ん中でした。
いかに自分の頭の中のものを忠実に形に落とせるか、ひとに伝えるか。
それには、いかに頭の中で具体的に描けるかがまず勝負、そしてそれを具現化するためのわざも勝負。
昔から、自分の頭の中にあるモノも感情も、そのままひとに伝えるのは言葉じゃ無理だと思っていた。言葉の捉えようは人それぞれで、不確定さは避けられないから、最後には絵や動きで見せるしかないと。 だから思い通りに絵を描けるようになる事にこだわってたな。言葉じゃ伝えきれないことを絵で描ききれるようになるための訓練は、同時に、どれだけしっかり対象を把握できるかの訓練にもなってた。
自分の仕事が変化するにつれ、自分の頭の中を具現化するためのわざが絵からPCにかわって、今は言葉になってきてしまった… それはつまり「他の人と作業を協業するようになった」のであれこれ説明しなくてはならなくなったということ。
言葉での表現はいわば一度ステたものなのですんなりとはいかなくて、クロッキーよろしくマインドマップに片っ端から殴り書いたものを清書するのに、置き換えるべき適切な言葉みつからずべらぼうに時間がかかる… 言葉足りねぇんだよなもう。
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人脈を作るための語彙としての技術・知識
めづらしくちょっと納得いかない部分がある。なぜだろうね?
ぶっちゃけ、たまに冴えたことをいうひとに人脈としてかり出されて煮え切らない思いをしたからかな。
Webサイト制作にせよ、オンラインゲームにせよ、又は別の業種であったとして求められるものは3つくらいしかないような気がします。
内容を否定するのではなく、あのエントリ読んだひとに技術わかんなくていいやって開き直られても困るから、補足したいな。
自分で技術を持っていなくても、ここのこいつに任せりゃ出来るっていう引き出しを持っていればいいというのは確かだけど。
現実、そんな立派な引き出しをみんなが持てるわけじゃないのは技術だろうが人脈だろうが一緒で、
人脈を築くときにそこそこの知識(スキル)が無きゃとっかかりもつかめないのでは?
実際、顔の広い「(分野外では)仕事のできる」役員とかがつれてくる「俺わかんねぇけどこいつデキるから使ってよ」って連れて来たリソース(ひと)がえらいハズレで、せっかくのアイデアのピントがずれたりぽしゃったりは実によくある話。
そもそもハナから「技術は人に任せる」ってひとの話は、的を射ない事が多くてこっちで補完するのに手間がかかるし。
自分がそういう精度の低いハブにならないために、質の高いリソースとコミュニケート・コラボレートするための手段として、ある程度の「技術」「知識」は欲しいでしょ?
そのリソースがアイデアを適切に具現化出来るか見定めるモノサシとなる程度の知識は必要じゃないの? 好奇心があれば自然とある程度の知識・技術はつくよね?
そういうアンテナ張っておきたい分野が広すぎるよ追いつかないよってぼやきなんじゃないの、もとのスレは。スレ主だって全知全能になんなきゃいけないとは思ってないでしょう。
そもそも、そんなことWebだITだに限らず、どの業界でも同じだけどね。誰しも「自分が一番大変」て思いたいものですから。
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さじ加減。
- 2007年12月 6日 23:13
- 引用
オンラインだオフラインだに関わらず、公論なんて世間の指針となるような見識を期待される立場とほど遠い自分でも、なぜか気になるさじ加減。
404 Blog Not Found:「ブログ限界論」よりその1 - あなたを知りたい誰かが必ずいるそんな私が今blogを書くにあたって一番気を配っているのは、「自説」と「公論」のさじ加減。自説がなければblogではないが、公論がなければ読む人は増えない。
オンライン-ブログ記事のさじ加減
おばかなクライアントの中の人間も日々悶々としているんだよって云う言い訳じみた独り言として、日々のつれづれのありのままを書きたくもあるのだが、しかし万が一職場の人間に捕捉されたら面倒だと考えると、奔放に書くのもためらわれる、
そんなさじ加減。
オフライン-職場でのさじ加減
自分の実力と立場を鑑みて、社内チームと制作会社間の伝書鳩と云う役割はは守ろうと思ってるのだけど。
自分が主に立ってるプロジェクトなら、その場で問答無用で答えが出せるようなものでも、持ち帰ってチームの皆様にお伺いを立てて、結果、自分の意に反する返答をチームの総意として伝えなければならなくなったり。そんなとき、どこまで持論を社内で主張するか? とか、この結論は鳩の本意じゃないんだって伝えたいのを我慢する度合いとか、
そんなさじ加減。
うまく加減をつけられるようになるには、やはり場数を踏むのが一番か。
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404 Blog Not Found:好きを貫いている者の礼儀
好きを貫くのもいい。好きを貫いている者を褒め讃えるのもいい。しかし好きを貫いている者であれば、自らの好きを貫くまえに、好きを貫いている誰かを褒める前に、好き嫌いを抜きにして仕事を片付けた方々をねぎらいたいものだ。
あまりに我が意を得ていて吠えたくなりましたよ。
あたりまえと思っているものがあたりまえであるためにどれほどの人の手を経ているのか、人はそれを忘れて現状に不平をいう。そんなことが多すぎるんだ。
ことさら感謝しろとはいわないさ。でもあたりまえで当然としか思えないなんて、不幸なことだなとおもう。世の中の半分くらいつまんないんじゃない?
願わくばこの先自分が、どこかの誰かのあたりまえを維持する画期的な一歩に、携わることが出来ますように。
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やっぱ魂ですよ。
だって、そんなものは誰も欲しがらないから。そんなものには魂が宿っていないから。
好きなんだよなぁ、こういう考え方。やっぱ魂ですよ。
現実はそうとばかりも云ってられないけどね。魂こめても鶴の一声でしゃぼん玉こわれて消えて…
…棚橋さんのブログには共感することが多い。正直、読むのに体力いるので「あとで読む」に山ほどストックされているのだけどw。
以前、とあるプロジェクトのコンペでプレゼンしていただいたことがあって、そのときは他社を選んだけれど、いつか一緒にお仕事する機会があったら生の棚橋節を満喫したいかも。
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ある泡沫契約社員のつぶやき
ITを競争のための武器に使おうという意識は低い。ITの力を過小評価し、企業戦略の中枢にすえようとしない経営者の姿勢が最大の問題点とガートナーは見ている。
勤め先でも、業種上かなり深い個人情報を扱っているにもかかわらず、セキュリティ穴だらけだしそもそも社内システムの仕様が担当者1名の頭の中のみらしいという、明日にでも破綻してもおかしくない状況のようなのだが、そこをまとめることのできる人間が居ない、定着できる環境でないために、危険な綱渡りを続けている… この瞬間にも、あのシステムが破綻したらいったい誰が責任とるんだ??それすらも明確じゃないような状態。
実際のところは、抜本的改革をやろうとして2年で頓挫したという経緯があるのだけど、端から見ていて何か根本的な、意識の薄さというか甘さは、2年前も今も変わっていないように思えるのは…
経営者が気づかないのは、現場が危機感を持って経営層に直訴することを怠ってるからなんじゃないかとか、経営者が号令かけなきゃ腰上げないってのは組織としてどうよとか、思ったり思わなかったり。
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一に信念、二に技術
俺はコレ作りたいんだ!!みたいな確固たる信念があって、それを如何に発想で実現可能にするかってさえあれば、技術とか数学とか関係なしに面白いインタラクティブコンテンツ作れるんじゃないかと思う。
これは、自分も持論の一つにしてる。
志がまずあって、それを実現するための手段としての技術だっていう位置づけ。
私が技術を追いかけるのは、「これ作りたいんだ、こうあるべきなんだ!!」という思いを実現させるための手段を、納得出来るまであきらめずに探し続けているからに他ならない。一度それらしい答えを見つけたとしても、もっとスマートな解がないか懲りずに探し続ける。
自分はそれが当たり前だと思っているのだけど、人によっては理解出来ないとすぐあきらめてしまったり、そもそも探すということがわからなかったりするのかな。
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