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情報とノイズは紙一重...
情報は、求めてる人に届いてこそ情報。
求めてない人にとっては迷惑なノイズ。
そんなあったり前のことを気づこうともしないで、独善的なナニかを垂れ流して仕事したつもりになっていませんか?
それが仕事じゃないのなら、どうぞお好きにやんなさい。
でもあなたがいま手にしているそれは仕事です。
あなたの作品ではありません。
あなたの価値を会社に証明するためにやるのではありません。
あなたの給料でやるのでもありません。
あなたが発信したいからではなく、誰かが求めているからやるのです。
あなたが発信した時点では価値はなく、求めている誰かの元に届いて活用されてはじめて価値がうまれるのです。
そして、誰かのもとでうまれた価値が会社の利益になってはじめてあなたが対価を得るのです。
自分以外の誰かのための情報がノイズとなってあふれ、自分のための情報にたどり着くのもままならない時勢だというのに、あなたがやろうとしていることはそのノイズをさらに増やすことにすぎません。
そんなつもりはないというのならなぜ、その誰かがどこにいるのかを探そうとしないのですか?
その誰かがどんなきっかけを待っているのか探ろうとはしないのですか?
あなたが都合良いように想像したものわかりのいい誰かが、一人残らず聞き耳たててこちらを凝視していると思っていませんか?
多からずそういった誰かは確かにいるでしょう。
ですがそこで得られた利益はあなたこそが生み出せた対価といえますか?
前任者が築いてきた信用の利子ではありませんか?
…………
いやさ、脳内ではなんとでもいえるのヨ。脳内ではね…
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他の人に伝えたい何かがあってこそのグラフィックデザイン
「個性なんていらない」でとりあげてた「個性」って結局、視覚表現における特異性 でしかないんだね。
視覚表現つまりグラフィックデザインの基には伝えたい何かが必ずあるのであって、そもそも伝えたいものが希薄じゃ表現しようもねぇよな。
希薄なものをいかに上げ底するかがグラフィックデザインの腕ってこと?
伝えたいものに自分が共鳴できない限り、増幅して上げ底なんてできねぇな。
ということはどんなちっぽけなものにでも共鳴して増幅できるのが、優秀なグラフィックデザイナーなんだろうな。
共鳴できたところで、自分なりの表現をねらい過ぎて他人に難解になったとか、そんなグラフィックに存在価値ねぇよな。
重要なのは、他人に直感的に伝わるかとか、新鮮と思える切り口で他人の気を引くかとかであって、自分にしか出来ない特異性つまりオリジナリティつまり「個性」じゃない。
そこがわかってなかったんだな、グラフィックデザインにいる時は。
や、商業デザインは自分の作品を作る場じゃないってのはわかってたけど、センスよく修飾する程度の認識しかなくて、伝えるためのデザインってのが希薄だったね。
でも自分だけじゃないね、これ。
周辺みまわすと、"デザイン"かじった気になってる奴に多いよ。作るほうも作らせるほうも。
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我々はサービスを提供して対価を得ているんだ
サービスって何さ?
国語辞書を引けば真っ先に「人のために力を尽くすこと」って出てくるだろ?
誰のためかもはっきりしない何かを垂れ流すのはサービスとはいわない。
路上に自分の絵を並べて、気の向いた通りすがりに買われていくのをまってるのはサービスなんかじゃない。そりゃ思いついただけのものでも人通りの多い盛り場に並べれば、まあそこそこはけるだろうさ。でもそれはサービスじゃないだろ?
いうなれば一流ホテルで客を迎えるような、求めるものを先読みしてさりげなく差し出す、その深い洞察力に客の信頼を勝ち取る、そういった付加価値にこそ我々は相応の対価を得ているんじゃないのかい?
客の求めを訊ねることもせず、ただ自らが見せたいものばかりをそれらしく並べていかがでございなんて、それのどこに+αの対価をいただくつもりだい?
我々の目前にあるのは無機質なモニタだ。しかしその幾多のケーブルでつながった末端には必ず、一人の人がいる。その来訪は日々繰り返される無数のセッション数のうちの一つにすぎないだろう。けれどそれは一対多ではなく、無数の一対一のうちのひとつだ。
一対一のつきあいにぞんざいな扱いをされてなお対価を気持ちよく払おうとする人がどれほど居るものか。実営業では当たり前のこと、Webでできぬ心構えでもあるまいよ。
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血路を切り開く
もうひと月も前にクリップしていたものを投稿。コメント欄にあるこれにぐっと来たので。
Life is beautiful: 「普通そういうことしないよ」という言葉の暴力「いいですか、100人の人間がいて、99人がそれはだめだと言う。でも残りの一人はそれはこうやったらできるかも、と考えて自分の直感を信じて苦心惨憺のすえ、99人ができないといったことがらを実現します。その一人が研究者と言う人種なのです。そして研究所と言うのはそういった『だめだ』という声に対して『いや、こうやったらできる』と血路を切り開く人たちの集まりなんです。」
こうありたい。
今は先陣が切り開いてくれた路の入り口のちょっと先あたりで、後の奴らが進みやすいように下草を刈っているような立ち位置の自分。自分の直感を信じて、ささやかながら路筋をつけているけれど、ややもすると無駄にもみえているだろう...路は整備されているのが当たり前で、乱れていれば他人事のように批判する、そんな奴には。
そう、切り開かれた路ってのは整備されてるとは限らない。やっとこさ通した路ほど、まだ雑草がぼうぼうだったり、時に凸凹で歩くのもままならなかったりするものだ。開拓する力のない奴ほど、そんな路無き路に不平をたれる。その路が開かれた事に意義を感じるのならば、整備した路を開けなかった先陣の力量のなさをを責めるのではなく、せめて路を整備する役目を買って出るべきじゃないか。
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職人魂
身に覚えがあります。ええ、ありますとも。
HTMLの提案書を書こう | Takazudo Clipping*HTMLテンプレートを渡して、他人に作ってもらうとき、あらーだめなんですけどここの所...って戻ってこさせないのがHTMLテンプレートクオリテイ...と自分は思っている。
A社から納品されたテンプレートをもとに、B社がCMS組込をやったとき、ある要素の文字数が変わってレイアウトが崩れたのですな。テンプレのせいだからA社に相談してくれとB社は言う。
でもA社の見本では文字数かえても崩れないよ? となって、ソース調べたらばB社は該当部分をテンプレート通りに組んでいなかった。しかしそれはB社のマークアップがまずかった訳ではなく、素直に組めば普通そーするよなってモノ。A社のテンプレートは文字数変更を見越してヒネリを入れていたんですな。
すげーとおもいましたよ、ええ。それが、以前の記事
筋の通った仕事
の元になってます。
(実は......引用元サイトの過去記事にあるコーディングポリシーが、自分が関わってる案件のテンプレートのつくりにかなり似ているもので、もしやコーディング担当ご本人かあるいはチームの方ではないかと見ていたり、)
そういった、ちょっとしたヒネリがはいってる仕事されると、結構うれしかったりする。多少なりともこの案件にモチベーションをもってくれてるんだというのがわかるから。
B社も、コーディングは甘いかもしれんが他のとこで熱い仕事をするし、他の案件で関わってるM社も、進行に甘いところもあるが突き詰めたイイ仕事をしてくれる。各社ならではのイイ仕事をしてもらうために、ちょっとでも意欲もって仕事進めてもらうために、それぞれの得意分野を把握しそれにあった要求をし、こちらの意図は明確に伝え、なるべく無駄手間増やさないように進行を管理する、というのが、今の自分に出来るささやかな職人魂でございますです。
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点が線につながる時
本を3冊買った。
まだぱらぱらめくっただけだけど、わくわくする。こういうのだいすき。
前回のエントリで、議事録も情報デザインだって事に、点と線がつながったと書いた。
15年以上前に広告デザインの端くれに転がり込んだものの、自分には合わないと感じてた。広告という、作り手と受け手がふれあう一瞬のセッションのための、目を引く斬新な表現が生み出せない自分の能力に納得出来なかった。あるべき情報をしかるべき表現で配置するような必然性を持ったアプローチってのがあれば知りたいと思っていた。
それを1年半でヤメた後、ずっと漠然とした目標を持ちつつも根無し草を続けてきたけれど、この2年で何のご縁かWeb周りの業務に携わるようになって、自分がほんとにこだわれる事がここにあるという実感が日増しに強くなってる。
それはWebってモノに興味があるわけじゃない。そもそも自分は、あるべき情報をしかるべき表現で配置する、つまり情報デザインとかインタラクションデザインだとかって奴に興味があったんだ。だから議事録にはまった。でもそこまでは他のどんな業務でも出会えただろう。だけどWebってのは、そういった必然性を持ったアプローチを検討した事への回答を、アクセス解析結果として簡単に手に入れる事が出来る。議事録では自己満足にしかならなかった情報デザインへのこだわりを、Webではユーザーの行動履歴によって実証できるんだ。
というわけで、おそらくしばらくまっしぐら。
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議事録も情報デザイン
そうか。自分が議事録に妙にこだわってたのはこれだ。
情報デザイン勉強部屋 議事録をデザインする。しかし、それ以上に重要なことは基本的に会話という不可視状態で行われるMTGにて、決定したこと、検討しなければならないこと、その責任所在をしっかりと文書に残し、プロジェクトメンバー全員が共有、そして「合意」することが重要となります。そのための、議事録。
ということは、これもつまり情報デザインなわけです。
これまで1年半程度、毎週の会議の議事録をとり続けて来た。
議事進行役と議事録とりを並行させるのがどうしても出来ずに、録音したものを会議後に一から作ってたからバカみたいに時間がかかってた。自分でも非効率的だと思ってたけど、面白くてやめられなかったんだ。
以前は定例会議やっても議事録なんてとっておらず、誰がいつ何の目的でこの実装を決めたのかがさっぱり残ってなかった。もちろん仕様書なんてのも作っちゃいなかった。
体制変更で新しく入った人が当然のように議事録を作るようになったのがきっかけで、それを自分が引き継いでから、議事録はどうあるべきかってのに妙にハマり、毎週バカみたいに時間かけて作成するようになった。
目標は、今後追加されるだろう新しい人員が読んでもプロジェクトの経緯が把握出来ること。散漫な会議の内容をどう簡潔にまとめて記録するかも挑戦だったし、それをテキストエディタでどう見やすく、かつ加工再利用しやすい体裁にするかも挑戦だった。
そうかそれは情報デザインしようとしてたのか。またひとつ点が線につながった。
さて先日、チームに新しい人が加わったので、議事録作成を引き継ぐ事になった。これまでの自分の拘りまで引き継いでもらうつもりも無かったので、最低限の目的だけ伝えて後は好きに任せたのだけど、結局かなり物足りなくてたくさん修正要望出してビビられた...。やっぱり自分のためにも議事録とりは続けようかなあ。
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ゴールはサイト上でのホスピタリティの実現
Web担当部署にいるけれど、チーム内の自分の立ち位置はWebMasterというよりプロジェクトマネジメントのアシスタントだと思ってる。
そんな自分が考える、今の環境に足りない認識は プロジェクトマネジメントとインフォメーションアーキテクチャ。
PMについてはともあれ、IAについてはほっとくと将来もずっとこのままだろうってのが明らか。 会社の主力事業が仲介なので、IAとは縁遠いようにしか見えないから。
でもね。
この会社の富裕層が顧客の主力である事は公然に認知されているし、当然顧客からは相応のホスピタリティを求められてる。
だから、日頃の営業のほか、ホテルや文化事業に手を伸ばす事でこれに応えてると私は見ている。
ならば当然、圧倒的多数の顧客に対するファーストコンタクトの場であるWebサイトが、ユーザビリティにつながるIAを軽視していいはずが無い。顧客から求められてるホスピタリティを実現するには不可欠なものじゃないか?
しかし現実は、システムだの目新しい機能だの方に気と体力をとられてて、ユーザのための情報構築への手間なんておまけ程度にも思われてない。それこそ出費するのもムダといわんばかりの空気。
競合の大手他社が、Webにまで調査資料に基づいた必然性のある情報構築を進めてく中、いつまでもWebだけ中流意識のままコストパフォーマンスばかり追っかけてる場合じゃないのに。
そうはいっても、経営陣が、実際に目に見えないものに費用かけようとしないのはある意味堅実ともいえるわけで...。
だったら、自分でなんとかするしかないかな。自分でUXだIAだのを消化して、目の前の成果物に反映させていかなくちゃ。外注すると高いって文句云われるけど、社員の勤務時間内給料ならタダ扱いだからな!
しかしPMも金を産む作業とは思われてないんで、てめぇWeb係のくせにWebやらんと何ムダな仕事ほじくってんだ話になるでしょうけどね。
でもね、いいよ。そんなの二の次。
自分の評価があがらなくても、見かけのコスパを追っかけて悦に入ってる流れは変えられなくても、構造に充分配慮する事で客に対するホスピタリティが実現できるってことが証明出来れば、そこがゴールなんだ。それが客にとっても社にとってもWin-Winだしね。
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筋の通った仕事
前提として、自分は(X)HTML/CSSは知識として一通り押さえてはいるけど、一からページ仕上げた事なんて数える必要も無いほど少ない。そんな程度。
さて勤め先のコーポレートサイトのリニューアルプロジェクトにおいて、メインコンテンツのページが昨年暮れあたりに制作会社から納品されて、検収したわけです。んで個人的興味からソースもとっぷり見さしてもらったわけです。
ぱっと見、部分的にレイアウト対策目的らしきTableタグが使われてるところがあったりとかDIV入れ子で多用してたりとかで、基本的に標準化原理主義思考な自分は、それだけ見て一瞬、これってどーよとか思うたわけです。
が、
でもちゃんと見ると、web標準は十分解ってるひとが作ってるってのが見えてくる。解っててここはあえてtableを使ったんだなってのが嗅ぎ取れる。
数千ページとはいかないけれど、まあほっとけばそれなりのカオスが予想される規模のコーポレートサイトで (てゆーかカオスになったから制作会社かえて土台からリニューアルしたんだが) 、これからコンテンツがどう発展していくかは見えないわ、枝葉のコンテンツの制作は複数社が担当する事が見えてるわでは、DIVを多用せんでセマンティックに組むなんてきっと無理だ。それぞれの項目を部品としてはめ込む時に融通利くように組んであるんだなってのが嗅ぎ取れる。
そういう配慮ができてるってことに、やっぱ場数を踏んでるってすごいなと思うたわけです。大規模コーポレートサイトを数こなしている人たちならではの品質なんだなと思えたわけです。
やっぱいいトコと仕事をやるのはたのしい。一筋縄じゃいかない案件だけどメインで関われてよかったよほんと。
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年明け
- 2008年1月20日 22:38
- 志
元旦に一年の計をするたちではないけれど、昨年暮れからの自分の興味の動向を見るに、いかに確実にインプットし、いかに効率的にアウトプットするかが今年の最大のテーマになっているのを明確に感じる。
それは業務内でも、業務外でも。
現状をかえたくなったんだ。今までの根無し草な暮らしぶりを脱ぎ捨てて、年相応の能力に追いついておかないと、泣きを見る日も近いぞっていう危機感が強くなった。
もう職業の自由を謳歌出来る年齢を遥かに超してしまっている以上、自分の仕事環境の向上のみを目的とした転職などできるはずもなく、いかに環境に貢献出来るかがウリにできなきゃ必要とされない。勤続しようが転職しようが独立しようが将来は無いんだ。
とはいえ、気負いばかり先行して現実はまだ空回りばかりしている。あぁ、ひねもすのたりと暮らしてシアワセだったあのころにもどりたい… なんでこんなシャカリキになんないと将来を作れないのさ。
# てゆーか「ひねもす」って「終日」って変換されてびっくり。
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頭の中をひとに伝える
前のエントリで「語彙」という語句を使っていたのは、
語彙が少ないと仕事の能率もわるい?
を目を通してまたすごく腑に落ちたので後でちゃんと読んでトラバしようと思っていたからなのだけど、
その前の頭の中にあることを瞬間的に出せる訓練をしないとコンセプトもへったくれもない
がまた自分的ど真ん中でした。
いかに自分の頭の中のものを忠実に形に落とせるか、ひとに伝えるか。
それには、いかに頭の中で具体的に描けるかがまず勝負、そしてそれを具現化するためのわざも勝負。
昔から、自分の頭の中にあるモノも感情も、そのままひとに伝えるのは言葉じゃ無理だと思っていた。言葉の捉えようは人それぞれで、不確定さは避けられないから、最後には絵や動きで見せるしかないと。 だから思い通りに絵を描けるようになる事にこだわってたな。言葉じゃ伝えきれないことを絵で描ききれるようになるための訓練は、同時に、どれだけしっかり対象を把握できるかの訓練にもなってた。
自分の仕事が変化するにつれ、自分の頭の中を具現化するためのわざが絵からPCにかわって、今は言葉になってきてしまった… それはつまり「他の人と作業を協業するようになった」のであれこれ説明しなくてはならなくなったということ。
言葉での表現はいわば一度ステたものなのですんなりとはいかなくて、クロッキーよろしくマインドマップに片っ端から殴り書いたものを清書するのに、置き換えるべき適切な言葉みつからずべらぼうに時間がかかる… 言葉足りねぇんだよなもう。
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ネ申か甲鳥か
こういったクライアントというのは、はたして神なのか、カモなのか。
ここギコ!: 外注を叩けない性格だけど突貫の開発とか極限の状態にある時に人を動かすのは、叩いたりして追い込むことではなくて、いかに士気を引き出すか、担当者にやる意味、意義を感じさせるか、だと思ってる。
まずその第一は感謝する事だし、次に大事なのは、単に必要な仕様だけを投げて作らせるんじゃなく、その作っているものの本来の意味・目的をいかに伝えるか、感じさせるかということと思ってる。
おまいは俺かってほど同意してしまうんだが、いや自分はここまで至れり尽くせりできるほど有能じゃないが、こんな想いで日々、感謝をしつつ指摘をしつつ、仕事を「してもらって」居るのだが。
これって外注側から見たらどうなんだろうねぇ、余計なお世話だったりするのかなとか思わない事も無い。
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高くないよなぁ
自分以外でそう思っているひとが居た事が意外。
彼女がWebデザイナーを辞めた理由:キノトロープって… - livedoor Blog(ブログ)キノトロープって高くないよなぁ…ってつくづく思います。
充分、成果物に見合う価格だよなぁ。と、そう思うのは自分だけだろうと思ってたので。
あの膨大なドキュメントがただのアリバイにしか見えなかったり、ワークフローの王道っぷりが当たり前としか思えなかったりしているのか、法外に高く感じているようなので。って誰が(ry
もちろんあの進め方が性に合わないって声も否定はしませんよ。そのかわり私を乙信者呼ばわりするのもやめていただきたいものですな。まつたく。って誰に言っ(ry
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1%と99%
- 2007年12月11日 23:50
- 志
たまに冴えた事言う人ってのはそう珍しくないわな。
大筋ではいい事言う人ってのも、まあまあ居るわな。
じゃあなぜ状況が停滞しているのかと云うと、言った事が実現できてないからなわけで、それはひらめいたアイデア捉えた大筋を具体化できないから実行に移せないのであって、すなわち何も思いつかない何も出来ない、と同義な訳だ。
たまにしか冴えないレベルだと、具体化する際に破綻を起こしたり、大筋でしか言えないレベルだと、いつまでたっても詳細を詰められなかったり、
具体化できないアイデアなんて白紙も一緒。アイデアを具体化させ実現させるために、たくさんの技を身につける事が欠かせない。そして技を身につけるには、経験あるのみ…
いや経験も目が節穴じゃ実になんないか… まずは目を研ぎ澄ませ、経験はそれからだ、か?
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船頭がいなきゃ船は進まない
昨年の今頃は、コーポレイトサイトリニューアルのコンペが終わって制作会社が決まった頃かな。
プロジェクトマネジメントなんて言葉にはまだまだ思いもよらなかった頃だけど、意見の違うメンバーをまとめて事を進めていかなきゃ行けないんだと云う自覚はあった。自分は頭でっかちの原理主義者なので、他のメンバーを置いてきぼりにしないように、プロジェクトを私物化しないように、なるべく空気読んで、なるべく縁の下から支える程度にしなくてはと思っていたっけ。
一年経って学んだことは、それは少々きれいごとすぎたなと。
結局、プロジェクトってものは、その責任に比例してリーダーの指導力がないと円滑に回らないんだなと。縁の下でなんとなく支えられるより、手のひらの上に載せられていた方がメンバーにとっては楽なのかもなと。
そんな訳で今後、当面の目標は組織作りすなわち指導力の強化。一介の半ヒッキーだったような人間がこんなことになるとはね。
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404 Blog Not Found:好きを貫いている者の礼儀
好きを貫くのもいい。好きを貫いている者を褒め讃えるのもいい。しかし好きを貫いている者であれば、自らの好きを貫くまえに、好きを貫いている誰かを褒める前に、好き嫌いを抜きにして仕事を片付けた方々をねぎらいたいものだ。
あまりに我が意を得ていて吠えたくなりましたよ。
あたりまえと思っているものがあたりまえであるためにどれほどの人の手を経ているのか、人はそれを忘れて現状に不平をいう。そんなことが多すぎるんだ。
ことさら感謝しろとはいわないさ。でもあたりまえで当然としか思えないなんて、不幸なことだなとおもう。世の中の半分くらいつまんないんじゃない?
願わくばこの先自分が、どこかの誰かのあたりまえを維持する画期的な一歩に、携わることが出来ますように。
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クラにしか出来ないこと
結果がでなかったからといって、提案会社の責任にするなんてありえないこと。
どれだけ優れた提案会社があっても、社内の人間の方がリアルに、真剣に考えられること。
まったくもって。
いるんだよね代理店なり制作なりをまるで魔法使いのように思ってる御仁。自分たちにしか出来ないことがあるなんて気付こうともせず、多くもない金さえ払えば独創的でかつ全ての成果物に対して200パーセント非の打ち所がないものをあげてきて当然と思ってる御仁。そんなひとと一緒に仕事したくないよね、得るもの薄いもん。
こんなのとかね。
クライアントが本気にならなきゃ、実のあるものなんかできっこないんだ。
ただ実際のとこ、本気はあるんだけど無駄に空回りしているってのが多いわけで… それをうまく回るようにしむけるのは、誰の役目なんだろう?
自分の環境で云えば、この役目は自分だとおもってるんだけどねー自分が空回りしてたりしてねー
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やっぱ魂ですよ。
だって、そんなものは誰も欲しがらないから。そんなものには魂が宿っていないから。
好きなんだよなぁ、こういう考え方。やっぱ魂ですよ。
現実はそうとばかりも云ってられないけどね。魂こめても鶴の一声でしゃぼん玉こわれて消えて…
…棚橋さんのブログには共感することが多い。正直、読むのに体力いるので「あとで読む」に山ほどストックされているのだけどw。
以前、とあるプロジェクトのコンペでプレゼンしていただいたことがあって、そのときは他社を選んだけれど、いつか一緒にお仕事する機会があったら生の棚橋節を満喫したいかも。
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よいモノはよい素材とよい道具とよい腕と
いいもの持ってる人には、いいもの作ってほしいのです。
いいもの作ってきた実績がある人に依頼したのに、期待値に足りないものがあがってきたら、 買いかぶっていたとか足下見られたとか、そんなネガティブな言葉を吐く前に、 こっちの意図や熱意を明確に伝えるとかで、モチベーション上げて本来の能力を発揮してもらえる方向へもっていこうよ。
よいものを作るにはよい素材とよい道具が必要、道具を使う者の力量もまた必要。
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切れる刀は持ち主を選ぶか
先日、目の前で楽しげに居酒屋話をしてくれていたのは、その業界ではすごいことやってきた人なのです。
その業界の土台を作ってきた人たちなのです。
この見るからにペーペーの自分が、そんな人たちと間近に仕事でおつきあいする機会に恵まれるなんて、実に幸運なことです。
しかしこの協力関係がいつまで続けられるか不透明なので、今のうちにおいしいところを目一杯吸収しておかなければと思います。
同じツールを使っても、効果を上げられる者と上げられない者が居るわけだが、その差はどこからくるのか。使う者の力量じゃないのか。
よい道具は使う者を選ぶ...、そんなことを考える今日この頃。
それがすべてではないことは解っているつもりだけれど。
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一に信念、二に技術
俺はコレ作りたいんだ!!みたいな確固たる信念があって、それを如何に発想で実現可能にするかってさえあれば、技術とか数学とか関係なしに面白いインタラクティブコンテンツ作れるんじゃないかと思う。
これは、自分も持論の一つにしてる。
志がまずあって、それを実現するための手段としての技術だっていう位置づけ。
私が技術を追いかけるのは、「これ作りたいんだ、こうあるべきなんだ!!」という思いを実現させるための手段を、納得出来るまであきらめずに探し続けているからに他ならない。一度それらしい答えを見つけたとしても、もっとスマートな解がないか懲りずに探し続ける。
自分はそれが当たり前だと思っているのだけど、人によっては理解出来ないとすぐあきらめてしまったり、そもそも探すということがわからなかったりするのかな。
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「TOPの写真も飽きたし、… 」
「…FLASHとかにしたいなと思ってるんだけど。動くしキレイで楽しいじゃないですか。お客さんに楽しんでもらえるかなって」
なんていうから、FLASHはうちのコーポレートサイトのルール上使わない方向だからだめって言っときました。
冒頭の「…」部分の発言は、BtoBな業務の部署の営業サポ兼Web管理の女性のもの。
それを社内Web統括部署の子がぼやいた場面。よくある不毛なやり取り。
同じ社内とはいえ、Web部署の人間にとって営業部署はクライアント。こんなぞんざいな対応しかできないんじゃ、クラ対応失格だよ。営業が自分の会社のサイトに愛着をなくしてしまうじゃないか。
サイトのルール外だからだめなんじゃないよ。そんな理由じゃ納得してもらうのは無理だよ。
目的が希薄なのが悪いんだ。それを理解してもらわないと、いつまでたっても同じことの繰り返しなんだよ。
こんなときの自分の定番の三段論法はこれ…
ビジネス客はTOPページで遊んでる暇なんかない。いかに確度の高い情報を効率的に得られるかという使命をしょってあなた方のサイトにくるんだ。そのような人が、ただ画像が切り替わるだけの、全コマ表示されるまでに30秒もかかるようなTOPイメージをちゃんと見ると思う?
TOPイメージを動かして目を惹こうなんて、どこの怪しげな会社だって金積みゃできることなんだ。でもあなた方がやってる仕事は、ほかの会社には負けない何かがあるからこそ、Web以外の入客がこれだけあるんだ。これはぽっと出の怪しげなとこには真似出来ないことなんだよ。
どこでもやっているような小手先ではなくて、ほかに真似できないもので勝負しようよ。そしてそれを一番よく知っているのは、日々営業しているあなた方なんだ。我々はそれを教えてもらってWebサイトに表現するのが役目です。
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たぶん壁にあたった
クライアントって窮屈だなあ。
当初は理想をたっぷり盛り込む気でいたサイトも、様々な事情で根本的にずれたものになってしまい、思い描いたゴールに届きそうもないことが見えてきたとき、
まぁ、おれのじゃねぇし。あとはすきにしやがれ。
という究極の逃げ処が、ない。
不本意な姿をさらしながら、ずっと面倒みていかなければならないんだ。
いつまで耐えられるかなあ。
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始末書作成はペナルティじゃないぞ
その仕様は、いつ誰が何のために決めたのか?そしてどういう結果を生んだのか?これを記録し共有することは、チームの成長に有効である。とおもう。
結果の如何に関わらず、目的と施策と結果が記録され、チーム内で共有され受け継がれていなければ、後に誰かが必ずまた同じことを同じように繰り返す。
これでは同じレベルで横ばいするだけ。金と時間を消費するのみ。
前人の残した記録をもとに、より発展的な施策を盛り込むことでより一層の成果を狙うのが王道なんでないの。そのために文書化は重要だと思うのだが。
チームのメンバーが流動的なのは世の常だしね。
どうも文書化って軽く見られてるんだよな。仕様書はともかく、議事録とか始末書とか。
ペナルティじゃなくて、組織の財産になり得るものなのになぁ。
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導線設計
|あい うえ| | お | って書いてあったら、なんて読みますか。 「あいうえお」?「あいおうえ」?
ニーズからアクションへの導線は左から右へ進む。
PCなら、左下のスタートメニューから、右へサブメニューの階層をすすんでゆく。
Webサイトなら、左のメニューから選択 ⇒ コンテンツエリアで詳細確認 ⇒ 右下の問い合わせボタンをクリック。
これ、横書きの文章を読むときと一緒。
順路通りにに導きたいなら、上の「あいおうえ」みたいな置き方は紛らわしいね。
こんなことも自力で気付けないような人に、ユーザビリティを頑固に語られてもねぇ。
「俺は詳細を見るボタンが右、問い合わせボタンが左でぜんぜんかまわないと思うんだけど」
…それでは あいおうえ と書いて あいうえお と読めというようなものです。
「だってお気に入りバー出してると問い合わせボタンが横スクロールしなきゃ出てこないじゃん」
…では詳細表示へのリンクボタンは右に隠れてていいんですか。
…普通、詳細を確認してから問い合わせしますよね。
問い合わせボタンを押させたかったら、ボタンを目立たせるより先に コンテンツで商品をたっぷり魅せろよ ! 仮にも30万の商品だぞ、それ。
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クライアントは気楽なショーバイか(2)
前回の内容にも入れたけれど、自分は制作会社ではなく企業内のWeb管理担当部署で、制作は外部に発注している。
企業内のWeb部署は、明確な広報戦略をもっていればよくて、Web制作の技術を知っている必要はないというのももっともらしい話なのだけど。
今コンテンツ管理のシステムを再構築している最中で、仕様の策定・確認を進めているのだけど、こういった細かいことをするのも我々の役目で、基礎技術を知ってるか知らないかでは、進行の円滑度が段違いだよね?
たびたび社内の情報管理システムとの連携が不可欠な場面に立つけれど、これも結局制作会社に丸投げお任せには出来なくて、社内システム部と外注の間を取り持つのも、普通に我々だよね?
知りませんわかりませんお願いしますっていったって、最終的にWebになったときの責任は誰が持つのかって、当然我々だよね?
結局、プロジェクトの進行を指揮する立場である以上、基礎やトレンドは知ってないと上がりに責任もてなくない?
そりゃコード組めとは云わないさ。でも基礎知識を知ろうともしないのって無責任じゃないか?
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クライアントは気楽なショーバイか
制作会社を選ぶとき、何を得意としているのかを重視するのは当たり前だよね。
戦略立案に長けてるのか、戦術策定に長けているのか、実制作時の技術力があるのか。
前任者たちの手がけた案件で、値段と手頃さだけで発注したものは、たいがい後でセキュリティが大甘だったりバックアップ体制がなってなくてデータが消滅したりと、致命的な面倒を引き起こしてくれたさ。
そんなとき我々クライアント側はこういう。損害賠償ものだと。
あほぅか。
トラブルの内容が契約不履行であればそれは正しいのだけど、あんな格安値段で発注しておいて何を今更と思うのが正直なところ。
「動きゃいい」レベルの低い意識で業者選んでおいて、思わぬトラブルが起きたら業者のせいって、クライアントというのはずいぶんお気楽な仕事ですな。そんなことでは神様にでも遭遇しない限り、確かなものが出来るはずがなかろう。
各案件の目的と必須項目を明確にし、それを得意とするリソースを選び、課題を共有して意欲をもって取り組んで完成を目指す、ってプロジェクトマネジメントの大原則を、クライアント側こそしっかり認識するべき。
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そもそも制作会社スキーなわけだが
自分たちの仕事に明確なポリシーをもった制作会社が好きだ。
スマートな技術を持った野郎共が好きだ。
今、自分が直に仕事で接している会社は、どちらもそういう人たちで、とても幸運なことだと思っている。
そもそも自分が制作会社選定に関われるってとこから既に幸運な環境なのだけど。
ある程度の予算のプロジェクトに関わることができて、大手の制作会社と一緒に仕事ができて、その仕事の進め方を学ぶことが出来て、もしくはその仕上げの哲学に触れることが出来て、おかげで…目が覚めた。
目が覚めたから、まずは行動の糧となる朝ごはんとして、情報をたくさん取り込もうとして… で、話が聞きたいのかな。特に直に接している職種の人たちの、仕事に対する思いが。
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このところ
このところなぜだか、Webディレクターさんたちの話が聞きたくてたまんなくなっている。
Mixiだけじゃなく、ブログでもとにかく片っ端から検索して読みあさっている。
今仕事を発注しているとか、以前プレゼン来てもらって印象深かったとかで、自分と接点がある会社の人とかだと特に熱心に食いついたり。
なぜだろうね? 自分は何を目的に他人の日記をさまよってるんだろうね?
人の日常はおろか、自分の日常の記録にも興味なかったのに。
これがわからなきゃ、ただ漫然と時間を浪費しているに過ぎない。
そう思いながら、今日も延々さまよってる。
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