でも、この「構造設計」っていうのって、いっちばん重要な所だと思う。専門で設計者(Information Architecturist?)って役職を作った方がいいんじゃないかと思うぐらい。
自分もまさにそう思っていて、問題はそれをどう上層部に納得させてその分の予算を確保するかってところ。
一度でも、自分の手でサイトのデザインからコーディングまでHTML+CSSで、いかに効率的に組むかってのを目指した人なら、少なくとも制作側からの観点での情報設計の重要さってのは身に沁みるだろうな。
だから、一昔前ならWebデザイナーと呼ばれてた人たちがディレクターやデザイナーやマークアップエンジニアやコーダーに分業されていったように、その中のディレクターもまた、情報設計や進行管理なんかへの分業が遅かれ早かれ進んでいくだろうと思う。大きなプロジェクト扱ってる制作現場なんか特に。 作業効率や品質の向上による費用対効果ってものを上げていくのが制作者側の使命だろうから。
しかしそれは必ずしも制作費の圧縮に直結するわけじゃない。
対して、発注者が気にかけるべきは、利用者側の観点からの情報構造設計の重要性であって、利用者の反響を含めた費用対効果向上が使命であり、これは引用元のような制作者側の最終目標から大きく外れたものにはならないはず。
なのに、発注側の現実は、結果がすぐには出ない構造設計の確実さは評価につながらない。で、設計段階の手間=出費を圧縮したサイトを作って安くあがって得したとかいってる。
ホームページ=パソコンで見るパンフレット の意識を引きずっているような、自社サイトは眺めてるだけで使う立場に無い発注側なんかはまだまだ、ホームページの制作というものがフォントだの色だのという…住まいで言うところの壁紙だのドアだの洗面器だののような、バーツの集合体としてばかりに目が向いていて、構造設計なんてバーツをのっけるための器づくり程度の認識しかなく、利用者の反響を向上させるための情報配置の必然性への理解が薄いんだよね。
それはすなわち、構造設計に時間と費用を配分するという発想がない事を意味していて、そんなことより見栄えのするパーツを一個でも多く盛り込んで利用者の気をひこうとする事が費用対効果の向上だと思ってることにつながってく。
かくして必然性の検討もそこそこに、発注側の担当者の「好み」レベルの意思決定に左右されたコンテンツが生み出されたあげく、本文の文体すらターゲットに則していないのに、反響が弱いのは単にボタンの見てくれとか置き場所のせいばかりとしか捉えられずに、小手先の改変をやって仕事した気になってる。ましてやそのコンテンツにたどり着くまでの遷移が不適切かどうかなんて事を肌で感じる事も出来ずに(文脈から孤立した場所に存在してても内容理解出来ちゃうからね自分らのものだから)。んでそこそこの結果で効果を上げた気になって評価される。
そんな小手先の繰り返しが費用対効果を下げてるってことに気づかないんだね。この手間と時間と費用を最初の設計段階に盛り込んどけば、もっと早く大きく効果を上げる事が出来たのに。
そんな発注側に対して、全く違う立場のエンドユーザーが残していった「それぞれの好み」の足跡の蓄積から、その最大公約数が「発注側の好み」と差があるんだという事が示せれば、客観的な必然性を持った情報構造設計の重要性に気がつくだろうか? それともそんなデータの解析も出費を渋って自前の小手先で済ませたあげく問題の根本に気づかず以下ループ?
そんな事していたら競合他社に先を越されて差を付けられていくわけで… 自社の強みって言うおいしい素材と、それを活かせるだろう料理人を目の前にして、あとはFeeの用意さえできれば……
そこまでわかってたら自前で料理せぇ? ばか云っちゃいけねぇ、わかるとできるは違うんだよっ。